二手に分かれて

3月25日はKと私はそれぞれ二手に分かれてサポートをしました。
Kは次女家でかな、けん姉弟のじいちゃん学童。
私は三女家の方。


25日は三女家の長男、次男が通う小学校の卒業式でした。
長男は送る人として卒業式に出席し、三女も父兄会の役員として出席しなければならず、次男は一人でお留守番するとして、三男を毎週通っている「言葉の教室」に連れて行くことができないので、私に連れていって欲しいということでした。
廊下続きでお住いの○○ばあちゃん(三女の義祖母)も他用で忙しく頼み難いということだったので、喜んで引き受けました。
私が子供とか孫がレッスンを受けている様子を参観するのは殊の外好きなんです。



一人で我が家で寝るのは5年前のKの入院以来の久しぶりだったせいか、眠りが浅く4時過ぎには起きてしまいました。
その勢いで二番電車で出かけたので8時半過ぎには三女家に着きました。
長男に続いて三女が卒業式に出かけた後時間を見て次男一人を残して三男と、バス、電車、バスと乗り継いで「言葉の教室」に。
アメリカで生まれ三歳までアメリカにいた三女の三男は年の割に日本語の発音に稚拙なところがあったので毎週一回通い始めたこの教室に私(たち)がひろ君を連れていくのは、確か三回目。
今回は四か月ぶりでした。
ずいぶん進歩していました。ということは反面、普通になったということでもあるのですが。
ひろ君はとてもユニークな発想をする面白い子です。
このユニークさなくすことなく学校の集団生活になじめるように祈っていると、担当の先生との面談で話してきました。



教室は約1時間、終わったのは12時を過ぎていたので、駅前の〇〇トで昼食。
(偶然にも、Kとかな、けん姉弟も昼食は〇〇トだったとか)



三女家の戻ったのは1時半。卒業式に出ていた二人も戻っていて皆も昼食が終わったていました。
三兄弟はもっぱらゲーム。
ばあちゃんのお相手はもうしてくれません。
次女とよもやま話で過ごし、4時半ごろ三女家を後にしました。
家に着いたのは7時ごろ。


8時ごろ駅に着いたKを迎えに行った帰りに百香亭で夕食。